2010年07月31日

If I were a painter...

 この静けさに時を超えた木々のさやぎがひそんでいる
 この静けさをあなたと同じようにモーツァルトも知っていた
 (略)
 この静けさに音は生まれ この静けさに音は還る
 この静けさから聴くことが始まりそれは決して終わることがない


 集英社 『シャガールと木の葉』 谷川俊太郎 (p99 「音楽の前の……」 より)


そういえば愛してやまないこの詩が綴られている詩集のタイトルが、
『シャガールと木の葉』 なのだった。
あまり深く感じることなく読み流していたシャガールの詩が、
今朝は、なんか、いろんな音のように響いてくる、気がする。

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2010年07月25日

ひとりごとのやうに

夏が夏すぎてスバラシイ。 太陽のもとを汗だくで走る。
Patagonia オレンジのショーパンに、ネイビーとピンクのタンクトップで。
Cymbals の "Higher than the Sun" を聴きながら
太陽の光より速く、太陽を超えるスピードで。
ドイツのほうから聴こえてくる風をひゅいーっと右肩で引っ張れちゃいそうな、
今日は、そんなイメージで。

7月おわりの週末に名古屋入りしないことを選んだ今年の自分を切なく思いながら、
決して留まることのない時の流れのなかで、
脈々と変化しつづけているこの瞬間、この瞬間のエネルギーの強さにあてられながら、
いつになく、やたらと切ながって生きてる気がする今年の7月。
そうすることで、なにか、生きてる感触を確かめでもしているみたいに。

 ぼくが日本の社会を見て思うのは、
 痛みというか、苦痛のない正しさは意味のない正しさということです。
 たとえば、フランスの核実験にみんな反対する。
 たしかに言っていることは正しいのですが、だれも痛みをひきうけていないですね。
 文学者の反核宣言というのがありましたね。
 あれはたしかにムーヴメントとしては文句のつけようもなく正しいのですが、
 だれも世界のしくみに対して最終的な痛みを負っていないという面に関しては、
 正しくないと思うのです。


 新潮文庫 『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』 (p207 村上春樹氏の言葉/平成8年)

つづきを読む> 【追記 7/26 03:00 コメントありがとうございます】
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2010年07月22日

シャガール展 @東京藝大美術館 7/19

Chagall
「シャガール−ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展 (〜10/11)

 おまえ、裸で十字架に掛けられた牝牛よ、
 おまえは天国でいろいろと夢を見るんだね。
 すべての色はひっくり返り、酒になり、私の絵は酒をふき出す。
 私は芸術家ではない。そうだ、一匹の牝牛だ。

 ―― マルク・シャガール (自伝より)

翼のついた牛 (@ルカ) に、月をジャンプする牛 (@Over the Moon) に、(*1)
そして当日、ネットで偶然見つけたこの言葉にぐいんと引っ張られるように、
連休最終日の夕方、時間が空いたので、気になっていた 『シャガール展』 へ行ってみた。

まさに無意識の世界が描かれているのだなあ。
あー、なんかシャガールはね、床にぺたんと裸足で足の裏を感じながら、
背骨をゆるんと、頭をからっぽに、もっと身体の感覚で自由に眺めてみたい気がした。
キャンバスから聴こえる音楽や、息づかいを聴くみたいに、ときどき目を閉じて、
建物の外へと、終わりのない色の世界がつながっていく… そんなイメージで。

つづきを読む (memo) >
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2010年07月19日

古屋誠一 メモワール. @東京都写真美術館 7/18

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うまく言えないのだけど、感じ切れないままうごめいている何かに
突き動かされるみたく、予感めいた何かを追いかけるような気持ちで、
会期終了前日の恵比寿へ滑り込んできた。

会場に足を踏み入れ、最初の数枚にさーっと目をやったその瞬間から、
得体の知れない涙が、小刻みに震え出てきた。
家族が過ごした光の記憶、崩れゆく対話、ブラックホール、堕ちる、堕ちる……
人びとが順路に沿ってサラサラと眺め歩いていくその流れのなかで、
この涙が一体何を受け取ってのものなのか、
ただ一枚ごと、一枚ごとに、涙と震えが静かに止まらなくなっていく。

クリスティーネが自死する年に撮られたうちの二枚を何度も行き来しながら、
しばらく離れることができなかった。
一枚には、愛する妻と子の姿… 一枚には、愛する女性の姿…
背景に飾られた絵は、ミレーの 『晩鐘』 だった。
労働する貧しい農民が、毎夕刻、鐘に祈りを捧げるという敬虔な情景。
ミレーの絵には、素朴に暮らす人びとの尊さが静かにあふれている。
撮り手の行き場のない葛藤と、祈ることしかできなかった記憶のようなものに、
静かに触れたような気がした。

脳裏にこびりつく残像と、呼び覚まされる記憶の断片。
動物の死骸、蛇の尻尾、紅い炎、鼠の背骨、目隠しされた牛、
ピストルを真似る子ども、残された白い花環、少女の面影、聖母像、晩鐘……
喉の奥につっかえたままの何かに、今もまだ、うまく息ができていないかんじがする。

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2010年07月18日

Sayonara

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今日も庭のハナミズキを下から眺めていた。
葉脈をつけた葉っぱ一枚一枚が背中みたいに、枝にはたくさんの背中が生っている。
ただそう思うだけで、葉っぱもわたしも、まったく同種の生き物なんだって、
ちょっとしあわせな気持ちになれたりする。
瞬間ごとに表情を変えていく風と葉と光のすき間を愛しく思う。
あの日の鳩も、蝶のさなぎも、魔の月の日に蛇が食べた鳥の卵も、
サヨナラはこの瞬間にも、この瞬間にも、この瞬間にも。
今日、すぐそこを大きく羽ばたいていたアゲハ蝶の命は奇跡だと思う。

つづきを読む (『翼よ、北に』 引用のみ)>
posted by Riccazow at 02:13 | TrackBack(0) | イヌノリカ

2010年07月14日

金の輪

まじりっけなしの透き通った淡いシアン色を背景に、
風に流されていく雲のカタチがパーフェクトすぎるくらいに雲のカタチをしていた。
内側に青い空と白い雲の絵が描いてあるあの黒い傘みたいに。
学生時代に新宿オゾンのコンランショップで買ったやつ。
開くとなんか大きいしゴツいから、結局あんまり使わなかったんだけど。

ただの思いつきで聴いたフリッパーズの 『Haircut 100』 が
あまりにシンクロしすぎててきのうの夜は思わず泣き笑ったけど、
やっぱり 「クソタレな気分蹴とばしたくて」 とかそういうこと言っちゃうのはどうなのかしらと思って、だから今日は帰りに、まるいオレンジをひとつ買ってきた。
「テーブルのオレンジ齧って 手袋脱ぎ僕は待つだろう」
って歌ってたオザケンのマネをして(笑)
だいだい色をした皮のでこぼこ具合や、もふもふしたまんなかの白い綿や、
ぴんと張った透明の皮に守られているひとつぶひとつぶの緻密さに、滴る果汁に、
どうしようもなく 生きているもの の力を感じる。

小川未明の 『金の輪』 という童話を読んだ。 たぶん、口をぽかんと開けたまま。(*1)
懐かしげな微笑 知らないのに親密な ふたつの輪っか ○○ ∞ 8 彼は七つで……
月曜日の夜から、もう何度くらいページを開いただろうかしら。
生きていることは、ほんとうに、不思議なことだらけで、ただそれだけで、
はっとしたり、どきどきしたりする。
さっき、前髪をちょっとだけ切ったところ。


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雨上がりの夕空を泳いでた。(左端)

*1: Amazon - 新潮文庫 小川未明童話集 (ご紹介どうもありがとう)


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posted by Riccazow at 22:47 | TrackBack(0) | ひとりごちる
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